1. 金融そもそも講座

第150回「各国経済の強さと弱さ PART24(中国編)」

中国は世界のどの国よりも政治が優先する国であることの理由を前回説明したので、今回は誰が中国経済を動かしているのかを取り上げたい。むろん、ある国の経済には、国民が少なからず全員参加している。時に消費者として、時に生産者として。豊かでも貧しくても、何らかの形で国民全員が参加しているのが経済というものだ。しかしその時々の経済の大きな方向付けをするのは、政策決定者だ。法律や社会の枠組みの中で権威を行使し、お金を動かせるからだ。特に中国のような一党独裁の国ではなおさら。しかし習近平政権になって、従来の中国政府の伝統的な政策決定のあり方が大きく変わった。今回はその問題を取り上げる。これは今後の中国を考える上で、非常に重要な視点となる。

双頭政治の国から

我々が知っている戦後の中国という国は、“双頭政治の国”というイメージだ。つまりトップが二人。古くは毛沢東国家主席と周恩来首相がいて、毛主席は最高実力者ではあったがどちらかと言えば中国という国の象徴であり、政治の実務を担っているのは周恩来首相だった。当時は実務全般(政治、外交、経済など)を周恩来首相が執り行っていたのである。だから中国では「権威は主席、権力は首相」という言われ方をしたこともある。どちらも国や党を代表して指導する立場であるが、役割が違うと。

役割の分担は、習近平政権が登場する前の胡錦濤主席、温家宝首相のころも明確にあったと思う。それは主席が政治・外交を主に取り仕切り、首相は経済政策を担当するというもの。実際に温家宝首相は党の重要な会議でも、経済に関する演説をずっと担当してきた。高速鉄道が脱線したりしたときには“謝り部隊の隊長”として被害者や国民に謝罪する役割を負わされたが、彼の日常的役割は経済政策の運営という大きな役割だった。

しかし2012年11月の第18回党大会で発足した国家主席・習近平、首相・李克強の体制で今までの中国の政治における双頭のイメージは大きく変わった。端的に言えば一人の圧倒的な権力者のもとに動き始めたのである。それが習近平国家主席(中国共産党総書記)。最近では対日戦勝軍事パレードの司会に李克強首相を使ったりもしている。とても同列とは思えない。また、過去においては首相が担当した党や政府の重要会議での経済報告も主席自らが行うなど、習近平への権限・権力集中が目立つ。李克強首相の出番は目に見えて減っている。

薄くなった首相の影

中国事情に詳しい人にこのことを聞くと、「実際にそうだ。李克強さんの言うことは誰も聞かない。なぜなら彼に人事権がないからだ」と説明してくれる。もちろん制度的に言うと首相を任命するのは国家主席となっていて、序列は主席の方が上である。しかし今までの中国では指導部に関して暗黙のうちに二つのことが守られてきたと筆者は理解している。それは「北朝鮮のような最高指導者の世襲システムは作らない」「主席と首相で役割分担をして、国が一人の人間の意思だけでは動かないようにする」というものだ。

中国の政治が独裁色を帯びたことは過去にもある。例えば建国当時の毛沢東主席は“建国の功労者”として非常に強い権力を持っていたし、国民の支持もあった。故に今の中国の紙幣は、高額紙幣から一元紙幣に至るまで全て登場人物は毛沢東である。また文化大革命の時期においては、紅衛兵を操っていた毛沢東がやはり中国における実質的独裁者だったとの見方が強い。しかしどの国でも独裁者、またはそれに近い人物の登場は多くのケースにおいてその国に不幸をもたらす。文化大革命の時代の中国社会は世界があきれるほどの大混乱だったし、毛沢東が人民公社制度を使って推し進めた大躍進政策は、大量の餓死者を出すに至ったとされる。失敗の歴史があったが故に、中国は戦後のかなりの期間を通じて双頭の政治を続けていたのだ。

しかしその中国が急速に“一頭支配の国”になりつつあるように見える。つまり外交・政治ばかりでなく、経済政策も一人の人間が執り行う国としての中国が前面に出てきている。これは権力の分散がないという点では政策運営では効率が良いとも言えるが、過去の歴史を見れば危険でもある。習近平政権下で権力の集中を進めるために使われているのが、「汚職撲滅」という国民受けする大義名分だ。叩けば誰でも埃が出るといわれる中国では、権力を握りさえすれば汚職を理由とする政敵の追い落としは比較的容易である。

習近平の国へ

李克強首相が今の日本でニュースになるケースは非常に少ない。中国での実際の政治の世界で力が著しく落ちている証拠だと思う。今の中国では圧倒的に習近平主席が主役だ。周恩来が首相の時には、毛沢東主席に比しても彼がニュースに登場する確率が高かった。今は習近平次第となっている。

前回までに、中国の経済は今苦境にあると指摘した。かつて二桁の成長率は7%前後に落ち、投資も技術革新も進まない。しかし李克強首相の政策が間違っているが故に中国の景気が悪化しているとは聞いたことがない。中国経済が悪化した理由は、リーマンショック後の常軌を逸した大規模な景気刺激策が過剰投資や経済の歪みを生み、今はその是正過程にあるからだ。また、一次産品を輸入して簡単な工業製品に加工する経済から高度知的経済への移行がスムーズにいっていないからである。

しかし、景気拡大への国民の期待剥落が明確になり、上海の株式市場の株価が大きな下落を経験するに及んで、中国指導部内ではこの問題の責任を問う声が強まっている。そうした中で、どうやら経済政策担当の李克強首相の辞任説さえ浮上してきているようだ。中国の場合は国家主席、首相とも任期は5年。今までは2期、つまり10年で交代というケースがほとんどだったが、李克強首相は株価下落、経済悪化の責任を取らされて1期5年で退任するのではないかとの見方だ。となれば習近平の権力は一段と強くなる。

また習近平をトップとする指導部体制が通常の10年を越えて続くのではないか、との見方も台頭している。主席については2期10年までと憲法で決まっているが、共産党のトップである総書記に関しては決まりがない。既に何回も触れたように、中国では国の前に共産党があり、政府も軍も共産党の指導の下にある。とすれば憲法の規定通り主席を退いても共産党総書記の地位を保てば、習近平は中国のトップであり続けることができる。

むろん、それは現時点では観測にしか過ぎないが、中国の経済の細部に入る前に、この大きな国の政治環境が過去のそれとは大きく変わっていることを確認しておきたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1カ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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