1. 金融そもそも講座

第148回「各国経済の強さと弱さ PART22(中国編)」

今回からは日本の周辺の国ということで、中国を取り上げる。戦後の長い期間を通じて世界第2位の経済大国だった日本を抜き去った、人口13億人で、米国に次ぐ経済規模があり、政治・外交の分野でも論争を巻き起こしている国だ。故に、何回かのシリーズで様々な角度からこの国を取り上げたい。その最初として2015年10月下旬に発表された中国の第3四半期(7〜9月)のGDP統計を見てみよう。発表されたもっとも新しい包括的な統計で、「中国経済の虚実、抱える問題点」がよく表れているからだ。

絶妙の成長率

発表内容は、「物価変動を除く実質で前年同期に比べて6.9%のプラス成長だった」というもの。しばしばマイナス成長も交じるようになった最近の先進国の四半期統計に比べれば高い成長率だが、中国としてはリーマン・ショック直後の09年第1四半期以来の低い成長率である。政府が「2015年通年の成長率目標」としている7%を下回った。世界の報道機関は、「中国経済7%割れ」をニュースのタイトルとした。

成長率が目標を下回ったのは、これまで中国経済をけん引してきた投資(ビル・住宅、工場、インフラなどへの)と生産(工業製品など)が、今までのペースでの増加をできなかったからだ。これは明らかに行き過ぎの反動。筆者も中国に行って自分の目で確かめているが、特に地方都市には建設が途中で止まったビルなどの建物、それに夜になっても部屋の明かりがごく少数しかつかないマンションが多い。供給が過剰なのだ。

生産能力もそうだ。例えば新車販売台数は14年で約2,350万台だが、「中国国内の新車生産能力は4,000万台分を上回る」といわれる。自動車ばかりでなく鉄鋼など多くの分野で、中国では生産過剰が起きていると見られる。つまり中国ではこれまでの経済成長を引っ張ってきた2つの主要エンジンだった「投資」と「生産」が弱くなっているのである。景気を下支えているのは、サービス部門の拡大や個人所得増加に支えられた消費。

鉛筆なめ

しかしこの数字に示された中国経済の鈍化を、世界のマーケットは深刻には受け取らなかった。むしろ、世界の株価は上昇で“歓迎”したのである。なぜか。まず、発表された6.9%という数字が、マーケットの事前の予想である6.8%を上回ったからだ。つまりマーケットは最初から「7%割れの中国経済」を予想していたのだ。

しかし実は別の理由もある。それは「GDP統計はそもそも信頼性に欠ける」という共通認識が市場にあって、「政府目標よりは0.1ポイント悪いが、マーケットの事前予想よりは0.1ポイント良い」というある意味できすぎた統計を額面通りには受け取らなかったからだ。多くの市場関係者は出てきた数字そのものを見て「作ったのではないか」と目を疑い、「予想とあまり違わないなら」とすぐに統計に対する興味を失ったというのが現実だ。

今回のGDP統計については、その前に出た個々の統計(自動車販売台数など)にかなり悪いものもあっただけに、「中国政府も今回だけは大幅な経済鈍化をGDP統計でも認めざるを得ないのではないか」との見方があった。しかし出てきた数字は「鉛筆をなめたのではないか」と思われるものだったのだ。ではなぜ中国のGDP統計にはそれほど疑惑の目が注がれるのか。いくつかの事実を指摘できる。

  • 1. 発表時期:人口13億人を数え、多様な民族を抱える中国のGDP統計が、期の終わり(今回は9月末)から20日足らずでまとめられるという不思議。今回の発表日は10月19日でさらに短い。今年の場合、米国の第3四半期GDPの場合は10月29日、日本にいたっては11月16日が発表日だ。
  • 2. 改定の有無:しかも米国や日本の場合はまず「フラッシュ」とも呼ばれる速報が発表され、それが徐々に改定されていく。通常は2次改定まであって、そこで「確定」される。ところが中国のGDP統計はそんなに素早くまとめられるのに、改定ということがほとんどない。
  • 3. 常に目標と接近:米国や日本のGDP統計はある意味“驚き”に満ちている。金融機関、調査機関が事前に綿密な調査をして予測をしても、それがしばしば大きく外れる。しかし中国のGDP統計は、政府目標から大きく外れる事がない。今回も目標とはごくごく僅かな下方乖離に終わった

さらにGDPデフレーターなど、先進国のGDP統計には付きものの各種指標が同時発表にならない、なども指摘できる。理論的には、同デフレーターをいじれば名目GDPからいかようにも実質GDPは導き出すことが可能だ。

風の吹く方向

もっとも、中国のGDP統計を信じていないのはマーケットや内外のエコノミストだけではない。今の李克強首相が遼寧省のトップだったときに、「中国のGDP統計は信頼できない。私は鉄道貨物輸送量、電力使用量、それに銀行融資の3つを参考にしている」と述べたとされるのは有名な話だ。もっと面白い話もある。米国の駐中国大使だったステープルトン・ロイ氏が米CNNに明かしているが、在任当時の中国首相に「中国のGDP統計はどのくらい信頼性があるのか」と聞いたら、「信頼性はないが、風がどちらに吹いているのかを教えてくれる」という答えだったという。

では、風向きは南(下方)だが数字(6.9%のプラス成長)は信頼できないとすると、実際には中国は今どのくらいの成長率になっているのか。中国経済の実体をつかむために様々な調査機関が努力して独自の見方を出しているが、その幅は実はかなり広い。マイナス説は少ないが、「2〜3%に落ち込んでいる」との見方もあれば、「けっこう底堅くて6%台」との見方もある。

そうした中で、筆者が比較的実体に近い数字を出しているのではないかと見ている英調査会社サンフォード・C・バーンスタイン(日本の証券会社とも提携関係にある)は、映画の興行収入、自動車や電話の売り上げ、アリババの電子商取引統計などいくつかの独自に選んだ個別統計に着目。それらの動きから「7〜9月期の中国の実際の成長率は4.1%」との見方を公表している。また同じく英国の調査会社で中国経済に強いキャピタル・エコノミクスは、中国の今の実質成長率を4.5%としている。筆者も李克強の指摘する3指標やサンフォード社が使っている個別指標を見ると、その辺りが正しいとの感触である。

それにしても政府発表とは大きな乖離だ。なぜそんなことになるのか。結局は共産党の一党独裁国家からなのか。中国は力がついてきている。それは間違いない。しかしGDP統計1つをとっても依然として「虚実入り交じる国」である。次回以降も、そこを明らかにしていきたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1カ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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