1. 金融そもそも講座

第140回「各国経済の強さと弱さ PART16(欧州編)」英国 : 欧州懐疑主義 / 根深い移民問題

前回は連載中のシリーズを休んで「変調するマーケットの見方」を取り上げたが、再び欧州に話を戻したい。前々回までは英国を取り上げていたが、今回のポイントは「欧州懐疑主義(Euroscepticism)」だ。「EU懐疑論」ともいう。なぜ英国のくくりで語るかといえばこの思想の母国であるし、最近の総選挙で勝利したキャメロン首相がEU懐疑論に基づく国民の不満を正面から取り上げ、2017年末までには「EU離脱の是非を問う国民投票」を約束しているからだ。他の欧州諸国でもEUへの懐疑は根強く、反対する政党が勢力を伸ばしている。ギリシャ支援延長の問題を見るまでもなくEUが直面する難題は多いが、根っこには常にこの懐疑論があるのだ。

欧州懐疑主義

そもそも欧州の未来に関しては実利的、現実的、そして戦略的に見て、以下のような考えがある。

  • 1. 米国、ロシアという超大国、そして中国、インドといった未来の大国に対抗していくには、欧州の統合を実現して欧州の経済力を高め、政治的・外交的意思を示した方が有利
  • 2. 過去何回も戦争が繰り広げられた欧州を再び分裂させないためにも統合の枠組みをつくっておくべきだ

こうした欧州統合論に対して、時に潜在的な、そして時に荒々しく表面化する懐疑論を指すのが欧州懐疑主義だ。そこには理念的、思想的、そして感情的な“懐疑”が存在する。

まず、この思想が英国で誕生したのは、欧州の経済共同体に加盟するに際して「そんな構想は失敗するだろうし、常に“大陸の諸勢力との均衡”を目指すことを国是とした英国の外交とも相いれない」という見方、懐疑が根強かったためだ。それは、党として賛成した労働党や保守党の内部でも強かった。そうした状況を見た英国のマスコミがこの言葉を使い、広まった。

懐疑の対象はさまざまだった。歴史や理念、それに思想からくるものに加えて、EUそのものやその政策、ユーロという共通通貨、将来における政治を含めた国家統合などが挙げられる。それは、大陸から地理的に切り離された英国の一部の人々にとって、「自国の国力の低下を補える」「欧州大陸に大きな市場が生まれれば英国にとって有利」という以上に、予見できるデメリットがあったからだ。それもあって英国は主要EU加盟国の中では例外的に共通通貨ユーロを最初から導入していない。

こうした欧州懐疑主義は他の国々、特に北欧で強い。事実、スウェーデン、デンマークはEUの経済通貨統合には完全には参加していない。非加盟国であるノルウェーやアイスランド、スイスなどとりわけドイツ語圏の国でもEUとの関係拡大や加盟について、世論調査で消極的な結果が出続けている。既に豊かなのに「大きな欧州」に入って国民国家のアイデンティティを失うのは嫌だし、自国の富を東や南の貧しい国にしゃぶられるのも嫌だと最初から考えていたと思われる。

キャメロンの賭け

実際に今の欧州が目指している統合には矛盾がある。端的に言えば、経済や人の移動などは統合するが主権も政治も国民国家に残り、金融政策はECBに統一したが租税政策は各国の裁量に任されている、ということだ。これでは統合といっても不完全で、その矛盾が表面化することは明確だった。加えて、欧州の北と南では国民性が全く違うし、生活のレベルから富の水準まで違う。例えば今のギリシャ危機を考えてみても、こんな危機が起きること事態、ドイツなど北の欧州諸国民には理解できないことだ。ノルウェーやアイスランドはそれを最初から知っていたので入らなかった、ともいえる。

英国は知っていたが、実利的、現実的、そして戦略的に入った。しかし今、同国では国民の反感を買う事態が起こっている。それは移民問題だ。域内ではヒト、モノ、カネの移動が自由でそれはよいことだが、例えばルーマニアなど新しくEUに加盟した貧しい国の人々が大量に国内に入ってきて、英国民労働者の賃金レベルの引き下げ圧力になっているからだ。また移民やそれに近い人が「福祉目当ての旅行者」状態になって、英国の高水準の福祉政策が“盗まれている”という批判も絶えない。これは国内政治にとっては大問題だ。

そこで、本音ではEU残留を考えているといわれるキャメロン首相が考えたのは、17年の残留を巡る国民投票を材料に、EUから移民規制などの権限を取り戻そうということだ。これは統合から見れば一歩後退だが、統合を急ぐEU本部の政策に歯止めをかけ、各国政府が政策を決められないと国内政治が立ちゆかないとの判断とも受け取れる。

根深い移民問題

このキャメロンの賭け(選挙の結果は読めないため)に対して、むろんEU本部サイドは反発している。欧州議会のシュルツ議長は英国での議論について、「ルーマニアなどからの移民に罪をかぶせて憎悪を広げている」とキャメロン英首相を批判した。しかし英国だけではなく、移民を巡る問題ではEUへの反発は広がっている。

「Euroscepticism」という言葉は他の欧州言語にも外来語や翻訳借用といった形で浸透し、フランス語では「Euroscepticisme」、ドイツ語では「Europaskepsis」となった。言葉の広がりだけではなく、各国における政治勢力・新興政党として伸びてきているという点が重要だ。反EU、反移民の政治的動きは、欧州各国ではもう無視できない。ということは、英国のように残留に関する国民投票を考える、考えざるを得ない国が今後も増える可能性がある、ということだ。

実際のところ、「EUの効能」に関する欧州各国民の確信は揺らいでいる。「自国はEUに加盟していることで利益を受けていると感じているか」という質問に対して、「はい」と回答したのはスウェーデンでは10人中3人未満、英国では10人中4人強にとどまる。ドイツやフランスなど大陸諸国では支持の傾向はそれよりも強いものの、全ての国において何らかの形でEUや統合に関する懐疑的な動き、感情がある。
その分だけ、EUの拡大を望むフランスやドイツ政府はむろんのこと、ブリュッセルのEU本部も欧州域内全体の住民に「EUのメリット」を分かってもらい、実際の成果を示していかねばならない。しかしこれはなかなか難しい。それはギリシャ危機を見てもわかる。EUやECB、IMFが「(ギリシャ経済の再生、財政の持続性のためには)これしかない」という提案を行っても、ギリシャ国民の代表である同国の議会が「ノー」と言えば、話し合いはまた振り出しに戻るからだ。EUへの懐疑論が続く背景には、制度的欠陥があると言わざるを得ないだろう。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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