1. 金融そもそも講座

第137回「各国経済の強さと弱さ PART14(欧州編)」英国 : 保守党、予想外の大勝 / スコットランドの人々の選択

今、欧州で何かと話題に上るのが英国だ。今年(2015年)5月初めには5年ぶりの総選挙が実施され、「史上まれに見る接戦」「二大政党時代の終わり」「単独過半数を取る政党は出ない」という事前の予想に反して、キャメロン首相率いる保守党が大勝した。これは英国国民だけでなく世界中を驚かした。こればかりではない。最近の英国は驚きの連続なのだ。米国の意向を無視して中国が進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)にG7構成国として最初に参加を表明した。そして景気は良く、米国に次いで利上げが予想される。故に同国通貨ポンドは強い。今回からこの“不思議の国”、英国を取り上げる。

保守党、予想外の大勝

あまりにも予想外だったので、やはり総選挙結果に触れないわけにはいかない。「保守党と労働党が接戦。しかしScottish National Party (SNP/日本ではスコットランド国民党ともスコットランド民族党とも訳される)などが伸びて、二大政党はともに過半数確保はとても無理。二大政党制の時代は終わり、難しい連立の時代に英国は入り、政治が弱体化する危険性も」と英国国内でもいわれていたのに、フタを開けてみれば保守党のランドスライド(地滑り的圧勝)。650議席の半数を上回る331議席を獲得した。選挙前の302議席を大きく上回る。連立相手を探す必要のない安定議席数だ。

一方の労働党はどう見ても大敗だ。獲得した議席は232で、選挙前の256を大きく下回った。ミリバンド党首は責任を取って辞任。大きく躍進したのはSNPで、何せ選挙前は6議席だったのが、今回の選挙では地盤であるスコットランドを中心に56議席を確保した。この議席変動を逆にしたのが選挙前は保守党と連立を組んでいた自由民主党(LDP)で、56議席がなんと8議席に落ちた。当然、党首のニック・クレッグ氏は辞任。

結果はあまりにも衝撃的だった。事前の世論調査に基づく予想とも大きく食い違っていたことから、「なぜこんな結果になったのか」が今、英国では大きな議論だ。その結論が出るのは相当先になるだろう。保守党支持なのに、事前の世論調査ではそれを認めない「シャイ・トーリー(内気な保守党支持者)」の存在や、果ては「直前にシャーロット王女が生まれたから」という解説もある。王室での子ども誕生は過去においても英国国民の愛国心を高め、保守党に票が流れやすくなるともいわれる。

その理由は……

現段階での筆者の見方は、国民は強い英国を望んだということだ。どちらも過半数を取れない状況になり、加えて連立組成も難しいような国になったら、どう見ても「弱い英国」「決められない英国」になってしまう。「大英帝国」を経験した国民はそれを嫌がって、これまでの5年間に英国経済をまずはうまくかじ取りしてきた保守党に信任を与えたのだと思う。14年を見ると先進国の中でも英国の成長率は最も高い方だ。ユーロに参加しないが故に、ユーロ圏経済の苦境を尻目に見ることができた。

キャメロン首相自身も英国経済の再生・復興に実に戦略的に取り組んだと思う。筆者が一番驚いたのは、同首相が先陣を切ってAIIBへの参加を表明したときだ。米国にとっては「一番の同盟国」「いつも同一歩調」と思っていた英国が、米国が戦後築いた金融体制に対する中国の挑戦に「イエス」と言ったのだ。この問題で英国は米国の顔に泥を塗った。フランスやドイツ、それにイタリアが続いたのは、「英国が参加するなら」という安心感があったのだろう。

ではなぜ米国の反発を予想しながら、キャメロン首相はAIIBへの参加を決意したのか。それは実は選挙対策、景気対策だったというのが筆者の見方だ。ドイツのメルケル首相がこの数年だけで何回も大勢の経済人を連れて中国を訪問した。またフランスのオランド大統領も中国重視を示して、戦闘機などフランスの対中輸出が伸びる中で、対中貿易促進による英国経済の一段の浮揚をキャメロン首相は欲しかったのだと思う。それにはAIIBの参加でG7の中で最初に手を上げるのがよい。

そもそもチベット問題への対応などで、中国と英国の関係はぎくしゃくしていた。同首相がチベットの亡命指導者ダライ・ラマ14世と12年に会談したことに中国が強く反発したことを背景とする。しかしAIIBに先陣を切って参加し、その後にG7の欧州各国を引き連れたことで、英国は見事に中国に恩を売った。英国国民はキャメロン首相の努力をじっと見ていたのだと思う。

スコットランドの人々の選択

勢力は拮抗と見られていた労働党はなぜ保守党に負けたのか。それは多分指導者としてのミリバンド党首が、その魅力においてキャメロン首相に負けたというのが当たっている。魅力の中には「保守党との政策の違い」が入るが、それも鮮明にできなかった。ミリバンド党首はカリスマ性に欠けていたし、英国のマスコミもそれを好んで取り上げた。その結果、「彼は最後のところで信頼できない」という国民の判断になったのだと思う。

ではSNPの躍進をどう見たらよいのか。これでスコットランドの独立の可能性が高まったとの見方もある。確かにSNPはスコットランドで圧倒的な議席を確保した。同地でSNPの候補者以外で勝てたのは3人だけだそうだ。あとは全部SNPが取った。それを再びスコットランドで独立の機運が高まったと見ることは可能だ。

しかし筆者は違う見方をしている。SNPの圧勝は、スコットランドの人たちが英国の中にあって、スコットランドの発言力を高めようとした結果だと思う。昨年のスコットランドでの住民投票では、予想外の差で英国残留が決まっている。なぜ残留が決まったかというと、「独立のメリットよりデメリットの方が大きいし、その準備もできていない」というのがスコットランドの人たちの気持ちだったように思う。“小国”になる不安もあったに違いない。

恐らく住民投票では独立に反対票を投じたスコットランドの人も、今回は女性党首率いるSNPに投票したのだと思う。なぜなら「独立には反対したが、英国という枠組みの中でスコットランドの発言力が高まることはよいことだ」と考えたのだと思う。そういう意味では第三党に躍り出たSNPのスタージョン党首が、選挙で示されたスコットランドの人たちの意思をどうやって英国政治の中で実現し、それにどうキャメロン首相が対処するのか。それが英国の今後を占う一つのポイントになる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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