1. 金融そもそも講座

第134回「各国経済の強さと弱さ PART11(欧州編)」ドイツ : 技術の高さ / 産業の質、そして幅

前回指摘した「成功するドイツ」の象徴ともいえるのが、アンゲラ・メルケル首相だ。つい先頃7年ぶりに来日したが、グローバルに見ても政治・外交の世界で日に日に彼女は存在感を高めている。メルケル首相の横ではフランスのオランド大統領は時に随行員のように見えるし、キャメロン英首相は影が薄く、オバマ米大統領やプーチン露大統領も彼女の前では少しかすむときがある。原発政策でも対東欧政策でも、彼女の立場表明は明確だ。それは政治家としての彼女自身の才能によるところも大きいかもしれない。しかしやはり「揺るぎなきドイツ経済」故のものでもある。

身の回りにある製品

筆者は海外に行くといつも、「この国の製品は日本に住む自分の回りにどのくらいあるだろうか」と考える。当該国の実力を測る上で、一つの目安となるからだ。例えば2011年にシベリア鉄道乗車とサンクトペテルブルクの美術館見学でロシアに行ったときは、いろいろ考えて「この国には今のところ製品としてはマトリョーシカしかない」と結論した。

実際、ロシアは工業製品輸入大国である。街を走る車を見ると東は日本車、西はドイツ車の氾濫だ。ロシアは確かにエネルギーを輸出しているが、それは製品ではない。輸出できるロシア製品は本当に少ない。私が乗った鉄道は日本に輸出できるような代物ではない。ロシア料理は年に1~2回食べるだけだ。ロシア製のソフトウエアはあるかもしれないが、あってもごく少ないだろう。一方、米国や英国製品はある。iPhoneは米国発のアイデアだし、ダイソンは英国人の発想だ。

なんといっても、日本にいる私の身の回りにあふれるのはドイツ製品だ。車がそうだし、大好きなボールペンもドイツ製が多い。マンションに備え付けの自動洗濯機もそうだ。数多くの薬も。だからドイツに行くと、「自分の身の回りにある物がこの国にはいっぱいある」と思う。私だけでなく「自分の身の回りの品」を考えたとき、「ドイツ製が多い」と思い当たる人は少なくないだろう。そうドイツ製品は世界中で売れ、よってドイツは世界のどの国よりも国民一人当たりの輸出額が多い国でもある。それは我々の身の回りを見れば分かる。ドイツと並ぶ工業製品輸出国の日本でそうなのだから。

技術の高さ

中国など新興経済国が台頭する中でも、なぜドイツ経済はそこまで成功したのか。それは消費者が、「世界で一番信頼を置くに足る製品をつくっているのはドイツだ」と思っている証拠だ。つまりドイツ製品は消費者の心理の上で“抜け出した”ということだ。この抜け出すパワーは重要である。なぜなら“競争”を下に見ることができるからだ。例えば車を考えてみると、日本車よりドイツ車の方に軍配が上がる。トヨタのレクサス・ブランドもドイツ車のイメージ、ブランド力を追い抜けない。

抜け出すパワーの重要性を示す具体例としてはスマホ・マーケットが分かりやすい。お隣の韓国は世界で冠たるメーカー、サムスンを擁しているが、シャオミやファーウェイなどの中国メーカーが台頭し、一方でアップルが世界的人気のiPhone6を投入したら直ぐにサムスンは世界トップの地位を失った。これは韓国にとっては痛恨だろう。もっとも日本にとってはこのマーケットで既に存在感がないことの方が痛恨なのだが。

最初に車を例に出したのは、今の世界で最も変化が激しく、大勢の人が乗る高額商品で、ハイテクの固まりでもあるからだ。つまり「モノ」の中では商品価値が非常に大きい。その車に関して日経新聞に面白い記事が載っていた。「車部品、ドイツ勢が主導」(2015年3月17日付朝刊)というもので、それは世界第9位のドイツの自動車部品メーカーであるZFが米国のTRWオートモティブを買収し、「世界第3位になる」という内容だ。その記事では順位は次のようになる。右の数字は売上高(億ドル)。

1. ボッシュ(ドイツ) 406.13
2. デンソー(日本) 402.65
3. ZFとTRWの統合会社 371.08
4. マグナ・インターナショナル(カナダ) 317.73
5. コンチネンタル(ドイツ) 317.26
6. 現代モービス(韓国) 312.35
7. ジョンソンコントロールズ(米国) 281.39
8. アイシン精機(日本) 270.77
9. フォルシア(フランス) 239.38

買収主体から「ZFとTRWの統合会社」をドイツと考えれば、上位9社にドイツが3社入る。日本と北米が各2社、韓国とフランスが各1社だ。この構成は、一台当たりの車の値段まで勘案した各国、各地域の「総合力の差」のように筆者は思う。

産業の質、そして幅

なぜドイツは競争が激しい伸びる市場で、競争力と存在感(対先進国、対途上国)を維持できるのか。それはドイツの産業界が各製品において“比較優位”をうまくつくりだし、製品付加価値の最も高い部門に注力しているからである。

なぜそれが可能になったのか。一つは前回取り上げた構造改革だ。労働組合をバックの一つとする社会民主党のシュレーダー政権が他の先進国に先駆けて成し遂げた労働改革が何よりも特筆される。この改革の結果、ドイツの失業率は低下し、国民が国の政策に信頼を置くようになった。その結果は労働の質の向上であり、自らの仕事に自信を持つマイスター精神に拍車がかかったといわれる。

加えてハイテクを含めた高い技術力だ。ドイツというと日本ではハイテクに弱いような印象があるかもしれないが、それは誤解だ。国際的に通用するSAPがある。ドイツ中西部にあるヴァルドルフに本社を置く欧州で最大級のソフトウエア、システム会社だ。日本でも大きなマーケット・シェアを持つ。高い技術力に加えて誇り高きモノづくりの精神。これがドイツの製品に対する高い世界的ニーズを生む。

当然この二つの領域でも日本はドイツの競争相手だ。日本にもドイツに負けない職人文化がある。日本とドイツは幅広い産業領域で有力企業がそろっているという点でも同じだ。しかし「ブランド力」という点では、車でもドイツに先を越されているように思う。(続)

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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