1. 金融そもそも講座

第129回「各国経済の強さと弱さ PART6(欧州編)」南欧を吹く風 / 産業が足りない / 魅力と危うさ

昨年から展開している「各国経済の強さと弱さ」シリーズだが、2015年は「欧州」を取り上げることから始めたい。「なぜ米国の次が欧州か?」といえば、間違いなく欧州が今年の世界のマーケットにとって大きな課題となるからだ。進むユーロ安、昨年12月の消費者物価上昇率がマイナス0.2%となり一段と高まったデフレ懸念。ECB(欧州中央銀行)と各国の政府はこれにどう対処するのか。そして、気鋭の国際政治学者イアン・ブレマー氏が「(今年の)世界の10大リスク」で真っ先に挙げた「(欧州)政治の弱体化」。ギリシャの政治情勢はユーロ離脱の危険性をはらむ。2015年は対ロシア関係とも絡まって、間違いなく「欧州が課題」の年だ。

南欧を吹く風

この年末年始の休みを利用して、筆者は10日ほどをイタリアで過ごした。ローマをベースに、ベネチア、フィレンツェなど。その中で一番印象に残ったのはフィレンツェのガイドさんの言葉で、「最近のイタリア人はクリスマスのプレゼントもなかなかしなくなっている」というもの。むろん生活がタイトになってきているからだ。このガイドの言葉は、以前パンツェッタ・ジローラモ(ちょいワルオヤジ)さんと対談した時に、彼が「イタリアでも普通の人の生活はだんだんとだめになって、大変になっている」と言っていたのと符合する。

もっともガイドは「でもイタリア人の“最後の意地”で食は別です」と続けた。それがイタリアらしいところだが、実際のところ旅行者として街を歩くと、特にフィレンツェは食事が安くてもうまい。古いが素晴らしい街だ。またベネチアは世界中から来た観光客でにぎわっていてホテルも取りにくい。ローマもそうだが、歴史の重みと華やかさが同居していて、欧州は相変わらず旅行するには楽しいところだと思った。

実は筆者は2010年から欧州を3回訪ねている。南欧ばかりスペイン、ギリシャ、そして今回のイタリア、この3カ国には次のとおり共通していることがあった。

  • 1. すぐ道路工事を始める日本と対照的に、3カ国ともインフラが相当痛んできているか、旧式化している。財政緊縮が続いているためだ
  • 2. 紙くずなどのゴミが散乱しているところが多く、また失業率も高いせいか、どこか街に「殺伐とした印象」がある。イタリアは年明けすぐということもあって、あちこちの道路に割れた酒瓶が多く、歩くのが危険でさえあった
  • 3. どの国も「観光客が来なくなったら悲惨なことになる」という印象が強かった。それは観光以外に国民の多くを雇用できる産業がないことに起因している
  • 4. 行った地で必ずデモを目撃した。労働者が今の緊縮財政などに反対しているもので、賃上げで労使が足並みをそろえる日本との対照性は明らかだった

産業が足りない

一口に欧州といっても、EU(欧州共同体)は加盟国だけで28を数え、総面積は429万平方メートルと日本の11倍。人口は5億人を超える。地域、国によって色合いは全く違う。EU加盟国の中で共通通貨ユーロを導入している国は、2014年初めに加盟したラトビアを含めて18に及ぶ。それぞれ文化も伝統も、そして多くのケースにおいて言葉も違う。過去を振り返れば時に同盟し、時にいがみ合い、時には戦火も交えた。多様でない訳がない。

筆者が2010年以降に訪れた欧州3カ国はみな“南”だったが、それは筆者の気持ちの中に「欧州で問題を抱えるのは南だ」との意識があったからだ。スペインには2009年から2010年にかけて、ギリシャには2012年4月に行った。実際、財政危機や通貨危機など最近の欧州の危機は全て“南発”となっている。そして今、その危険性が大きく浮上しているギリシャのユーロ離脱危機。今後の展開の中できっと取り上げることになるが、欧州の南の国々が共通に抱える問題は、「抱えている産業の数が足りない」というものだ。

産業の数が足りないというのは、実に深刻だ。いくつかしかない国内産業の一つでも深刻な危機に直面すると、すぐに国全体の雇用状況が悪化する。今回行ったイタリアはさすがにブランドの国で、繊維や革製品などの優れた小規模手工業を持つ。車も高級ブランドとしてフェラーリ、ランボルギーニ、マセラティなどがある。しかし、どれも会社の規模は総じて小さく、国民の多くの層に職を与えてはいない。

魅力と危うさ

欧州にとって今年最も深刻なリスクは「デフレ」だ。昨年12月の消費者物価上昇率がマイナス0.2%となったことは書いたが、重要なのはこの数字が事前の市場予想であるマイナス0.1%に輪をかけたものであったということと、前月の0.3%上昇から見ると0.5ポイントもの低下になったこと。どの国でも、この低インフレ下の環境でたった1カ月の間にインフレ率がマイナスを挟んでこれほど下がるのは異常だ。欧州のマイナスのインフレは2009年10月(マイナス0.1%)以来である。原油安でエネルギー価格が大幅に下落したことが大きいが、見方によっては「欧州はもうデフレに突入した」ともいえる。

今年の欧州が「深刻な景気・物価状況」に直面していることは明らかである。その中で、フランスなどを中心にイスラム過激派によるテロの脅威が高まっており、実際に週刊紙「シャルリエブド」に対する攻撃があった。各国の政治も不安定だ。イアン・ブレマー氏が真っ先に挙げた「政治の弱体化」は、欧州のエリート達が進めた「EU」とか「ユーロ」とかいう構想や制度に対する、民衆の疑念や怒りの反映なのかもしれない。各国で大衆迎合的な政党が勢力を伸ばし、筋書きもないままに対立感情をあおっている。今の欧州がその拡大を政治的、社会的、経済的に許してしまっていることも確かだ。一方で欧州は至近距離にロシアという異物を抱え、それとの対峙をも余儀なくされている。

しかし今回の旅で改めて思ったが、欧州は魅力のある場所だ。主要な都市は紀元前からの記録が残る。ローマやアテネの遺跡群は人類の歴史そのものだし、フィレンツェ、ベネチアでは200~300年前につくられた建物が普通に現役として今も使われている。だから世界中から観光客が絶えない。共通通貨ユーロに危うさと魅力がともに詰まっているのは、それが実際にそうである欧州の象徴だからだろう。たぶん今年のユーロの先行きの中で一番面白いテーマは、1ユーロと1ドルが「パリティ(等価)」になるのかということだろう。可能性はある。そんな視点から、しばらく欧州を見ていきたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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