1. 金融そもそも講座

第122回「始まった“出口戦略” PART4」弱気だったFOMC声明

「始まった“出口戦略”」の第四回。今回でシリーズは終えるが、恐らく今後も取り上げねばならないテーマだろう。ただ、世界のマーケットはこの問題だけで動いているわけではない。前回は、「超緩和からの脱出を狙うFRB(連邦準備制度理事会)にとって正常化(normalization)が最大の懸案事項だとしても、一体、正常化とは何か」「それは戦後のいかなる時期とも違うだろう」という話の展開の中で終わった。今回は「ではどう違うのか」について考えたい。

弱気だったFOMC声明

筆者がこの原稿の締め切り日として最終準備していた日(9月18日)の早朝に、「米金融政策を巡る当面の論争」へのFOMC(連邦公開市場委員会)の回答が出た。16日から二日間にわたって行われていた9月のFOMCの声明と、その後にイエレン議長の記者会見が行われたからだ。まずそれを見ておく。

FOMCが全体として出した結論は「(雇用環境の改善が続くとの前提で)マーケットの一部で観測が出ていたような早期の利上げ」はしない、というものだ。予定通りQE3(量的金融緩和の第三弾)の規模はこれまで数回のFOMCと同じく100億ドル削減して10月から150億ドルとし、「10月いっぱいでQE3を終了」(これも想定内)という方針を打ち出した。これは既定路線。

重要な問題は「QE3終了のその後の米当局の金利政策」だった。FOMCはこれに関してこれまで、「ゼロ近傍の低金利を続ける」とし、その期間について「for a considerable time(かなり長い時間)」という文言をずっと使ってきた。「QE3が終わっても超低金利は続けます」ということだ。今回もこの文言を声明に残し、マーケットにあった「早期引き締め観測」を否定した。マーケットの一部では9月のFOMCはこの文言を落とすのではないか、との見方もあった。FOMCはこれをしなかった。なぜか。

端的に言えば、FOMCが依然として米経済の先行きと労働市場の環境改善に全幅の信頼を置いていないからだ。声明の第一パラグラフでは「economic activity is expanding at a moderate pace(景気回復はまずまずのペースで続いている)」と景気に触れたが、これは前回7月の声明での表現「growth in economic activity rebounded in the second quarter(米経済活動は、第2四半期に反発した)」より弱い。さらにインフレに関して声明は「Inflation has been running below the Committee's longer-run objective(インフレ率はFOMCの長期目標を下回っている)」としたが、これは前回の「Inflation has moved somewhat closer to the Committee's longer-run objective(インフレ率はFOMCの長期目標に幾分接近した)」に比べると、むしろデフレ懸念を残したといえる。

反対者がもう一人

重要な事は、今回のFOMC声明には筆者がこれまで取り上げてきた「米金融政策を巡る論争」が色濃く影を落としたということだ。端的に言えばイエレン議長率いる主流派の見方(声明)に対して、前回一人だった反対者が今回は二人に増えた。前回も声明に反対し、今回も反対したチャールズ・プロッサー委員の意見は「for a considerable timeという文言は、時間軸的思考の結果であり、この間の経済活動が示した進展を反映していない」というもの。

今回はリチャード・フィッシャー委員が新たに反対者に加わった。より強烈、かつ直接的な反対論を述べている。彼は言う。「実体経済の継続的改善(strengthening)、労働力利用率と一般物価安定に関する見通し改善、金融市場における継続的行き過ぎ(excess)の兆候は、FOMCが公表しているガイダンスより早期に金融緩和策を縮小することを正当化しているように思える」というもの。これは7月のFOMC以上に、今回は紛糾、または議論が噴出したことを意味している。景気認識をどうするのか、それに基づいてQE3を解消した後にどのくらい早期に非伝統的な金融政策からの出口戦略(exit strategy)を立案するのか、などについてである。それは、今後のイエレン議長の金融政策のかじ取りが一段と難しいものになることを意味する。

もっともそれら(短期金利の引き上げなどの措置)は、いずれ行われる。来年(2015年)のいつかの時期に。問題はその後の米国の金融市場の姿である。それが予測できれば、投資や事業に役立つ。米国の金融政策の歴史を見ると、FOMC開催ごとに0.25%の利上げをした時期もあった。グリーンスパンの時代である。米国の潜在成長率が高く、まだインフレ圧力も強かった時代だ。その時期には米国の長期金利も素早く上がった。イールドカーブは引き締め進展とともに右肩上がりになったのである。

過去は繰り返さず

今回もそうなるだろうか。つまり15年にFRBが短期金利のゼロ状態を解除した後、米国の短期、それに中長期の金利は過去のように足早に上がるだろうか。ここが重要である。筆者は「過去の繰り返しはない」と見ている。今回は全く違う展開だと。

最大の理由は米国の成長率見通しの低下と、何回も取り上げてきた世界的な一般物価のインフレ圧力の低下だ。FOMCは今回3カ月ごとに発表している長期経済見通しの9月分を発表した。それはある意味で衝撃的なものだ。今年6月の予想より景気や雇用は全般に良くなっているのに、17年までの成長率見通しは引き下げられたのである。そして長期の見通しを中央値予想で2.0~2.3%とした。それが何を意味するかというと、「高成長国家・米国の終焉(しゅうえん)」である。17年まで成長率が年3%に届かないのだから、この表現は許されるだろう。

まだ人口が増えている米国にしてそうなのだ。だから筆者は前回「量的金融緩和を終えてゼロ金利を解除しても、世界の先進国の長期金利の水準は戦後のいかなる時期に比べても非常に低いかもしれない」と書いたし、それは米国にも当てはまると思う。具体的には来年のある時期にゼロ金利解除になっても、その後の米国の短期金利の政策的引き上げペースは過去に比べればよほど遅い、または間隔を置いたものになるだろう。長期金利も過去のいくつかの局面で見られたようなスパイク(急速な上昇)はないだろう、ということだ。だから総体的にイールドカーブは寝た状態を続けることになる。

むろん、国の財政に対する根本的な懸念が生じたときは国債相場が暴落するから、この限りではない。最近の欧州の経済危機の最中に、いくつかの国の国債利回りが急上昇したことを思い起こせばよい。だからこうした危機が深まらなければ、米国では利上げ後もイールドカーブは非常に緩やかなものになるはずだ。それは戦後の世界経済のいかなる時期とも異なる。

とすると、一般的に「(金融政策の)正常化」が必要とされ、来年にはそれが始まるにしても、実はその正常化とは過去とはかなり異なったものになる可能性が高い。恐らく年内、そして来年に入っても「一体、正常化とは何か」を真剣に討議する必要があると思う。その議論なしには、「過去がこうだったから」ではこれからのマーケットは理解ができない。そういう意味では、今は戦後のいかなる時期にもなかった興味深い時代の始まり、その入口にいるといえる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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