1. 金融そもそも講座

第98回「FRBに振り回される途上国」

日本の人口減少問題に関する連載を終えて、今回はよりマーケットに近いテーマ「米連邦準備理事会(FRB)は実質的には世界の中央銀行か」を展開する。あまりにも途上国のマーケットがFRBの政策、具体的には量的金融緩和第3弾(QE3)の縮小を巡る思惑に揺れているので、この問題を取り上げる。

途上国マーケットの混乱

この1~2カ月間のマーケットでの大きな動きといえば、インド、インドネシア、ブラジルなど今まで大きな成長を期待された途上国マーケットの混乱だろう。実に多くの途上国マーケットで通貨は売られ、株価は大きく下げ、加えて債券も売られて金利が急上昇した。それは「混乱」と呼ぶにふさわしいものだった。その結果、それぞれの国では経済運営が厳しくなったり、成長率が大幅に下がったりした。

途上国マーケットの混乱は、G20などの国際会議でも大きく取り上げられている。直近のG20サンクトペテルブルク・サミットでは「世界経済が直面している10の課題」の一つとして「Slower growth in some emerging market economies, reflecting in some cases the effect of volatile capital flows, tighter financial conditions and commodity price volatility, as well as domestic structural challenges」(大きく変動する資本フロー、金融環境のひっ迫、商品相場の乱高下、それにそれぞれの国が抱える構造的課題に起因する一部途上国経済での成長鈍化)が取り上げられた。

一時は「世界経済の新しい成長エンジン」と賞賛されたBRICsをはじめとする途上国だが、最近では「世界経済の新たな成長パワーは先進国にこそある」とまでいわれて、途上国はむしろ忘れられた存在となった。無論、途上国自身が抱える問題も大きい。昨年までの途上国の急成長は、その大部分がいわゆる「中間省略型」と言われる。先進国が時間をかけて通ってきた道を“中間省略”、例えば固定電話網を構築せずにいきなり移動電話網に移行するように足早な成長を遂げてきた。

しかし、そのプロセスでは、社会の民主化不足、所得再配分の機能を持たない税制、国内の深刻な対立(宗教的、思想的など)を残したままだった。これらが途上国のもう一段上の成長への足かせになっている面がある。中国など多くの途上国で、豊かになる前の貧富の格差拡大が大きな政治問題になっている。消費の層が厚くならなければ、海外に影響を受けにくい国内消費中心の経済の構築は難しい。

FRBの政策が波乱要因

途上国の成長鈍化には、いくつかの外部的要因も働いている。その最大のものは、今まで潤沢に投資資金や成長に必要な資金を提供してきてくれたFRBの非伝統的な量的金融緩和政策が、いよいよ「縮小」から「撤廃」に向かうプロセスに入ったという事実である。

9月17日、18日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)では「QE3の縮小」を検討はしたが、「もっと証拠、データを見たい」ということで決定を見送った。その結果、何が起きたかといえば、世界中の株価が上がったのだが、より上げが目立ったのはアジアなどの途上国のマーケットでの株式、債券だった。米国からの新たな資本流入を予測して通貨が上昇した国もあった。しかしFRBの“超緩和”が例外措置であることは明らかで、いつかは終わる。

問題なのは、FRBの政策次第で途上国が経済を動かされ、マーケットが動揺しているように見えることだ。口の悪い人は、「途上国経済はまるでFRBの奴隷のようになった」と言う。実際に、それぞれの国の中央銀行が持つ影響力以上に、FRBの政策が途上国経済や市場に与えるインパクトは大きい。

実はFRBがQE3に入る前からその超低金利政策によって途上国には資金が流れ込み、途上国マーケットの活況と成長率アップにつながっていた。QE3でその度合いが増した。それは「月間850億ドル」という膨大なもので、米国内には滞留しきれずに海外に流出することがある。米国での株価や債券相場の上昇は、世界的な「リスクオン」の環境をつくった。つまりFRBの量的緩和政策は、世界中の市場にとっての“金融緩和”になったのである。

強まるFRBの“世界中銀”機能

日本などの先進国は経済やマーケットの規模が大きいので、米国からの資本流入のレベルでそれほどマーケットが動くわけではない。しかし経済規模、マーケット規模が小さい途上国では、少しの資本の流入・流出によって激しく自国マーケットが上下する。それはその国に住む人にとっては大きな問題だ。例えば米国はいつかQE3を縮小に向かわせるが(今回は見送られたが)、その時に何が起きるかといえば、途上国金利の上昇である。その国で借入金のある企業や住宅ローンを抱える人々の生活にとっては非常に大きな問題である。

世界中を資本が巡っている現状から見ると、成長を海外の資本に依存している途上国経済は今後FRBの政策変更のたびに大きな試練に直面する危険性が高い。途上国の政策担当者達は、その点を「自国経済運営の大きなリスク」と見ているわけだ。

しかし十分な対処策があるかといえば、難しい。国境を越えた資本の移動を制限すれば、そもそも途上国(その多くは国内貯蓄が少ないという問題を抱える)が必要とする資本が入ってこなくなる。途上国マーケットの混乱を避けるためには資本規制が必要だとの意見もあるが、途上国自身がそれを嫌がるのにはそれなりの理由がある。

途上国が今考えているのは、FRBに途上国経済に与える影響も考えて金融政策を決定してもらうことで、これまでのG20などの会合ではその旨の声明が出ている。しかし配慮はできるものの、やはりFRBの金融政策は第一には米国を考えている。配慮はするがFOMCは失業率が6.5%以下に下がり、かつインフレ率が目標としている2%に接近したり、それを上回ったりしたら、確実にQE3の縮小、さらには超低金利政策そのものの撤回を試みるだろう。

その時、途上国経済に何が起こるか。この2カ月ほどの途上国経済の混乱こそ“前哨戦”のもののように見える。だとしたらやはり、FRBは実質的に途上国にとっての「もう一つの中央銀行」になったといえる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2013年へ戻る

目次へ戻る