1. いま聞きたいQ&A
Q

米国に迫っている「財政の崖」について教えてください。

急激な財政引き締めにより米国経済がマイナス成長になる?

財政の崖」とは、米国で今年(2012年)末から来年1月にかけて大型減税の期限が切れ、実質増税となるうえに、歳出削減が重なり財政運営が崖のように断絶しかねないことから、このように呼ばれています。

米国の2013会計年度(2012年10月~2013年9月)における財政収支の改善効果は5,600億ドル(約44兆円)にのぼる見通しですが、一方で緊縮財政による景気への悪影響は避けられそうにありません。米議会予算局では、財政の崖によって米国経済が2013年前半に3%近いマイナス成長に陥り、失業率は9%台まで上昇すると予測しています

とりわけ景気への影響が大きいと考えられるのが、2000年代のブッシュ前大統領時代に導入された、いわゆる「ブッシュ減税」が今年12月末に失効することです。対象は個人所得税や株式の配当課税、譲渡益課税など多岐にわたり、失効となった場合の実質増税額は2013年の1年間で約2,250億ドルと、米国のGDP(国内総生産)の1.5%程度に相当するという大規模なもの。そこに失業保険給付の縮小が重なるため、個人消費の冷え込みを招きかねません。

年明けの1月2日から始まる連邦予算の歳出削減措置は、財政赤字の削減を目指す予算管理法によって、2013年からの10年間で総額1兆2,000億ドル(約94兆円)の歳出を強制的に減らす枠組みです。これは2011年夏に米国議会が政府債務残高の上限問題で揺れた際に、民主党と共和党の超党派会議が物別れに終わった結果として導入されました。2013会計年度は国防費を含めて約650億ドルの歳出カットを余儀なくされることになります。

こうした急激な財政引き締めは米国経済だけでなく、世界のGDPの2割強を占める米国経済の低迷を通じて世界経済にも深刻な打撃を与える恐れがあります。市場ではこの問題が「欧州債務危機」「中国経済の失速懸念」と並ぶ3大リスクのひとつに数えられており、今年の11月初頭に開催された主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも、共同声明のなかで財政の崖を回避するよう米国に求めたほどです

財政の崖を回避できても金融緩和頼みは変わらない

米国が財政の崖を回避するためには、民主党と共和党が税法や予算管理法の改正で今年12月中に合意しなければなりません。オバマ大統領が再選を果たしたものの、米国議会は上院で民主党、下院で共和党がそれぞれ多数派を占める「ねじれ」状態が続いており、財政の崖への対応策にも食い違いがみられます。

例えばブッシュ減税の扱いについて、共和党は全面延長を主張していますが、オバマ大統領および民主党は年収25万ドル(約2,000万円)以上の富裕層については減税を打ち切る方針です。選挙公約や支持団体に対する誓約の関係で、両党ともに自らの主張を簡単には譲れない事情があり、法案成立への協議は難航が予想されます。

いずれにしても財政赤字が4年連続で1兆ドル(約78兆円)を超えるなかで、オバマ大統領がこれ以上、大規模な財政出動などの景気刺激策を打つことは困難でしょう。たとえ財政の崖が回避されたとしても、米国の景気下支えはまたしてもFRB(米連邦準備理事会)による金融緩和頼みということになります。

米国では今年10月の時点で失業率が7.9%と、雇用がなかなか本格的な回復に向かいません。FRBによる量的金融緩和第3弾(QE3)にも、雇用の顕著な改善が確認されるまで緩和を続けるという約束が盛り込まれ、雇用問題が大きな焦点となっています。ただし、この問題は金融政策だけで解決できるような代物ではなさそうです。

金融危機後の米国については、ベビーブーマーの高齢化などにともなう潜在成長率の低下や、長引く景気停滞による中間層の衰退などが指摘されています。雇用の低迷も単なる景気循環が要因なのではなく、米国経済の構造的な変化を反映した自然失業率の上昇によるものだというのです。だとするならば、雇用の回復に向けては財政支援や新産業の育成といった、地道で息の長い取り組みが必要になります。

こうした観点からみると、オバマ大統領の主張はかなり現実的で的を射ているように思われます。富裕層に一定の増税を行って財源を確保したうえで、政府が中間層のための教育や職業訓練、各種の研究・開発、インフラ投資を実施する。その効果はさておき、国の経済再生を目指して具体的かつ中長期的なビジョンを示すという点で、日本とは雲泥の差があるのではないでしょうか。日本と同じ「決められない政治」がそれを阻害するというのは、なんとも皮肉で残念なことです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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