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1980年代の日本はなぜバブル景気になったのですか?そしてなぜバブルは崩壊したのですか?(その2)

2005年11月25日

4.バブル発生の背景(三) レーガノミックス

アメリカはウォーターゲート事件(1974年8月、ニクソン大統領辞任)とベトナム戦争(1975年4月終戦)によって社会全体が疲れており、それに追い打ちをかける70年代末のインフレと空前の高金利はアメリカ国民の生活を一変させました。もはや「黄金の50〜60年代」の面影はアメリカ社会のどこにも見つけることはできません。そのような時代背景の中で、1980年秋の大統領選挙では、民主党のジミー・カーター現職大統領と共和党のロナルド・レーガン、カリフォルニア州知事との間で争われました。

1980年秋の大統領選挙では、アメリカ国民は高インフレと高金利、対外的には弱腰外交を採ったカーター政権に愛想をつかし、「強いアメリカ」への復権を謳いあげる保守的な共和党のロナルド・レーガン氏を第40代大統領として支持したのです。

レーガン大統領は就任直後の1981年2月に、弱体化したアメリカ経済を建て直すために経済再生計画を打ち出しました。これが後に「レーガノミックス」と呼ばれるようになるのですが、その内容は、

  1. (1)歳出の大幅な伸びの抑制
  2. (2)大規模な減税
  3. (3)政府規制の緩和
  4. (4)安定的な金融政策

の4つの柱から成り立っています。

この計画はそれまでのアメリカの経済政策を一変させるものでした。特に(1)と(2)と(3)はセットになっており、これらは経済に対する政府の関与を小さくして民間の活力を促す、いわゆる「小さな政府」を目指すものです。それまでのアメリカは、大恐慌後のニューディール政策以来、伝統的に不況には政府の支出で景気を刺激するケインズ政策を採用してきました。レーガン政権はその伝統を180度変える「サプライサイドの経済」をレーガノミックスとして打ち出したのです。

ただし政府の歳出を抑制するといっても軍事費だけは別でした。当時敵対していたソ連を「悪の帝国」と呼び、カーター政権下で縮小されていた軍事・防諜活動は再び活発になりました。人工衛星にミサイルを搭載する「スターウォーズ計画」もこの前後で明らかにされています。また(4)の安定的な金融政策は、ボルカー議長によって採用された高金利政策がそのまま踏襲されました。高金利はドル高を導くものですが、レーガン政権は経済力復権の象徴でもある「強いドル」を目指すことになりました。

レーガノミックスによって政府の支出は切り詰められましたが、軍事費は膨張を続け、しかも国民には大幅な減税が実施されたのです。これらはすべてカンフル剤のように景気を刺激する効果をもたらしました。高金利政策が災いして1981年夏からアメリカは景気後退に入り、世界を同時不況に巻き込んでゆくのですが、1983年なると早くも大規模な減税による消費拡大効果が効果を発揮して、アメリカと世界は景気回復に向かうのです。

ただし長い間にわたって金利が高いままであったため、アメリカ企業は借り入れがむずかしくなりました。企業は工場の機械を最新のものに切り替えることができず、次第に競争力が落ちてゆきました。高金利がドル高をもたらしているため、アメリカ企業は諸外国との価格競争力さえもどんどん失ってゆきました。円高で日本の企業がアジアに工場を作るのと同じように、アメリカも海外に工場を移すようになり、アメリカ製造業の空洞化もこの頃から始まりました。

当時の日本は、アメリカの貿易上における最大のライバルであり、最大の取引先でもありました。アメリカは大規模な減税で消費の拡大が始まっており、アメリカ国民は自動車などの物資を求めていますが、肝心のアメリカ企業は空洞化し始めています。アメリカの景気が拡大するにつれて日本から輸入する量は膨らむ一方で、アメリカの貿易赤字(日本の貿易黒字)もどんどん膨らんでゆきました。

同時に軍事費の増大は続いており、歳出の削減は思うように進まないために、アメリカの財政赤字も急速に拡大してゆきました。財政赤字の額は、レーガン大統領が就任した1981年に▲790億ドルだったものが、2年後の1983年には▲2070億ドルにほぼ3倍近くに膨らんでいます。貿易と財政という「双子の赤字」の問題はここから始まります。

「双子の赤字」は世界中に好景気をもたらしましたが、そのような巨額の不均衡は長続きするはずがありません。いつの日にかドルの信用が失われて、ドルの暴落が起こりかねない危険性をはらんでいます。そうなれば世界経済は根本的な部分で大きく動揺します。この「双子の赤字」問題を解消するのが目的で、ドル高の是正(ドルの切り下げ)が先進国間で合意されたのが、かの有名な「プラザ合意」です。日本はプラザ合意をきっかけにバブル経済に入ったとされています。

Q&A「1980年代の日本はなぜバブル景気になったのですか?そしてなぜバブルは崩壊したのですか?(その3)」へ続く

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