1. いま聞きたいQ&A
Q

資産運用や投資の「尺度」についてどのように考えればいいですか?

企業の定量的な投資価値と、定性的な存在価値

私たち一般個人が資産運用を行うにあたって、何らかの尺度を参考にしたり活用するのは、具体的にどのような場面でしょうか。大きく分けて2つあると思われます。ひとつは投資対象が実際の投資に値するかを「評価」する時。もうひとつは、自分の資産運用に対するアプローチが適切かどうかを「判断」する時です。

株式投資における企業評価の尺度として代表的なものがROE(自己資本利益率)です。ROEは企業が株主から集めたお金でどれだけ効率的に利益をあげているかを示す財務指標で、一般的には8%程度が合格ラインとされています。日本の上場企業における2015年度の平均ROEは7.8%と、13年度の8.6%から2年連続で低下しました。

ROEが5年以上にわたって8%以上を維持するなど、安定して高ROEを実現している企業の株価は相対的に上がりやすい傾向にあります。一方で、ROEは一時的に高まっても維持するのが難しく、時間とともに全体の平均に収束する傾向が強いことも知られています。直近でROEが高くても、それが必ずしも中長期投資の根拠にはなりづらいため、ROEを重視すると短期投資に偏りやすい側面があることも否定できません。すなわち、私たちにとって投資尺度としてのROEは決して万能ではないわけです。

議決権行使助言会社の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、過去5年間の平均ROEが4.4%の三菱ケミカルホールディングスに対して、現経営陣の再任案に反対を推奨しました。これは裏返せば同社にROE向上を迫っているわけですが、興味深いのは当の三菱ケミカルHDの会長が「ROEのような資本効率を示す指標だけでなく、技術や持続可能性を合わせた3つの軸で企業経営を評価する」と語っていることです。

企業の持続可能性に関して最近、投資の世界では新しい潮流が広がりつつあります。15年度末で約135兆円の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、株式運用の一部に「ESG投資」を採用する方針を決めました。ESG投資は利益成長だけでなく、環境や社会への配慮、企業統治の観点も企業評価に反映させるもので、持続可能な社会の構築に向けた貢献度に着目して企業を選別する投資手法です。

ESG投資が注目される背景には、社会の持続可能性を高める企業は自らの持続可能性も高めるという考え方があります。他の投資手法に対する比較優位性についてはまだ研究の余地が残されていますが、この手法を用いた総運用資産が全世界ですでに60兆ドル(約6,000兆円)に達しているという現実は無視できないものでしょう。

ROEなどの指標が「企業の投資価値を数値や数式によって定量的に評価する尺度」とするならば、ESG投資は「企業の社会的な存在価値を活動内容によって定性的に評価する尺度」ということができそうです。どちらを重視するかは投資家によって好みが分かれるかもしれませんが、私たち一般個人が長期で資産運用を考える場合には、社会的価値の高い企業を応援するという意味合いも含めて、ESG投資のような定性的尺度が投資の納得度を高めるうえで役立つような気がします。

高齢者にとって生活水準を落とすことはリスクなのか

資産運用のアプローチに関してしばしば俎上(そじょう)に上がるのが、年齢によるリスク許容度の問題です。リスク資産への適切な投資比率は「全金融資産のうち『100-自分の年齢』%」という説をよく耳にしますが、その数字的な根拠はほとんどなく、尺度としての信頼性は薄いと思われます。しかしながら、リスク資産の比率を若い人は大きく、高齢者は小さくすべきという考え方にはそれなりの根拠がありそうです。

若い人は人的資本(これから仕事で稼ぐ余地や可能性)が大きい一方で、保有する金融資産額は小さいというのが一般的な傾向でしょう。逆に高齢者は、人的資本は小さいものの金融資産額は相対的に大きいといえます。こうした関係を踏まえたうえで、金融資産の大きな割合をリスク資産に投資した場合の生活全般に与えるインパクトを考えてみると、その影響は高齢者ほど大きくなるため、一般論として高齢者はリスク資産の比率を小さくすべきといえるわけです。

高齢者の資産運用にまったく異なる尺度を持ち込む専門家もいます。1997年にノーベル経済学賞を受賞し、現在は米国マサチューセッツ工科大学経営大学院教授の職にあるロバート・マートン氏は、「リタイア後の生活に必要な年収をどれだけ確実に受け取れるかでリスクを考えるべき」と語ります。マートン氏によれば、高齢者にとって重要なのは退職後も望ましい生活を維持するのに必要な年収を確保することであり、その観点からみると、必要な年収を確実に得られるようなアプローチがリスクの低い投資になるそうです

金融の専門家からこのような見解が出てくることは、正直なところ大きな驚きですが、いずれにしてもこの言説が資産運用の適切さを判断するうえで有効かどうかについては、私たち一人ひとりがじっくり考えてみるほかありません。「生活水準を落とすこと」がリスクに相当するのかという問題は、もはや経済・金融の概念を飛び越えて、個々人の人生観の範疇(はんちゅう)に属することだと思われるからです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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