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いま聞きたいQ&A

日銀によるマイナス金利の導入について、どのように評価すればいいですか?(後編)

問題解決の核心は金利を下げることではない

マイナス金利の導入について一部の専門家からは、「日銀はデフレ脱却へ向けて可能なことは何でもやっている」と評価する声が上がっています。確かに日銀は過去10年以上にわたって、考え得る限りのさまざまな金融緩和策を大胆に試みてきました。

1999年にゼロ金利政策をスタートして以降、2001年には量的緩和を、10年にはそこに質的緩和を加えた「包括緩和」(量的・質的緩和)をそれぞれ実行に移します。しかしそれでもデフレ脱却はかなわなかったため、13年には現在の黒田東彦総裁が量的・質的緩和を前代未聞の規模(異次元)にまで拡大。そして今回、さらにマイナス金利という新たな要素を加えたというわけです。

こうした日銀による試行錯誤を金融政策の進化あるいは深化と見ることもできるでしょうし、黒田総裁が語っているように、金融政策にできることは恐らくまだ残ってはいるのでしょう。ただし、日本経済が依然として本格的な再生を遂げたとは言いにくい状況にあることも事実です。日銀が金融政策にどれだけ追加的な工夫を凝らそうとも、それが必ずしも有効に機能するとは限らないという現実を、私たちはそろそろ真剣に受け止めるべきなのかもしれません

そもそも、なぜ日銀はこれまで金利の引き下げに努めてきたのでしょうか。金融緩和が企業の投資行動にもたらす効果を例に挙げながら、改めて考えてみたいと思います。

日銀の試算によると、日本経済の実力にあたる潜在成長率はゼロ%台前半にとどまっており、そのような状況下では投資の期待収益率が低すぎるために企業の投資意欲は高まりません。そこで、金利の引き下げを通じて企業の資金調達コストを下げることにより、結果としての投資収益率を人工的に引き上げようという発想が出てくるのです。

ならば、これまで日銀がゼロ金利を長年続けてきたにもかかわらず、どうして企業の国内投資は増えないのか。その答えとしてよく耳にするのは、いくら資金調達コストが下がっても日本経済に対して持続的な成長期待が明確に描けない以上、企業は投資そのものをためらったり、国内より期待収益率が高い海外への投資を選択するというものです。

日本の実質GDP(国内総生産)は15年10~12月期に年率換算で前期比1.4%減でしたが、海外からの所得を考慮に入れた同時期の実質GNI(国民総所得)は同0.3%増と、5四半期連続でプラスを記録しています。この数字だけを見ても、企業が国内より海外を重視したくなる気持ちは分かります。何のことはない、話は結局のところ日本経済の潜在成長率が低いという問題に戻ってくるわけで、これではまるで禅問答ではないでしょうか。

日銀の孤軍奮闘にもいつかは限界がくる

金融緩和によって企業の資金調達コストを引き下げても効果が得られないなら、残された手段はひとつしかありません。成長戦略によって投資の期待収益率を徐々にでも引き上げていくことです。うがった見方をすると、安部政権がアベノミクスによって掲げた成長戦略に目立った成果が表れないからこそ、日銀が相次いで追加の金融緩和を打ち出す必要に迫られているともいえます。

国会審議での論戦や既得権益層、世論(選挙での票の行方)への気遣いが必要ない分、中央銀行は政府より機動的に動けるため、日本政府は経済関連の施策を日銀に頼ろうとします。マイナス金利をはじめとする金融緩和策が対症療法に過ぎず、日本経済の構造改革が求められているなかでは効果が限られると、うすうす感じていたとしても、です。

こうした日本政府による日銀への依存体質が変わらない限り、マイナス金利もさらなる“深化”を求められることになりそうです。現状のマイナス0.1%から今後どこまでマイナス幅が拡大していくのか、市場関係者の間ではさまざまな見通しが語られています。当面の可能性としては、ECB(欧州中央銀行)と同水準のマイナス0.4%程度までを想定する説が有力ですが、日銀の当座預金における平均金利がプラス領域にとどまるマイナス1%程度までは拡大できるという見方もあります。

一方で、日銀が推し進める「マイナス金利付き質的・量的緩和」の先行きを危ぶむ声も聞かれます。例えば現在、銀行などは満期まで保有すると損失を被ることになるマイナスの利回りでも国債を購入していますが、それは購入した国債をさらに高い価格で日銀に転売できるという安心感があるからです。日銀は量的緩和の一環として国債を年間80兆円の規模で市場から買い取っており、そこでは国債の売り手が自らに有利な条件で日銀へ売却することが可能です。

前々回(前編)で紹介したように、こうした日銀による国債買い取りもそれほど遠くない将来に限界を迎えそうだといわれています。日銀による高値買い取りの保証が薄れるなかで、金利や利回りのマイナス幅がさらに拡大して国債の投資魅力も極端に薄れた時、市場では何が起きるのでしょうか。最悪の場合はどこかの時点で国債の消化が滞り、日銀の意に反して金利が急騰する恐れもないとはいえません。

可能なことは何でもやろうという日銀の覚悟には敬意を表しつつも、孤軍奮闘の結果として将来的に市場の混乱を招くぐらいなら、この辺りで「やり過ぎない」という選択を決断する勇気も期待したいところです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。