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いま聞きたいQ&A

日銀によるマイナス金利の導入について、どのように評価すればいいですか?(前編)

追加の金融緩和を行うこと自体に意味があった?

日銀が今年(2016年)1月29日に導入したマイナス金利は、民間銀行が余剰資金などを新たに日銀の当座預金へ預ける際に、その一部の金利をマイナスにするという金融緩和策です。まずは日銀がなぜ今、こうした新しい形の金融緩和策を打ち出したのかについて考えてみましょう。

大きく分けて注目点は2つあります。ひとつは、日銀の置かれた状況についてです。日銀は13年4月に「2年程度で2%」というインフレ目標を掲げ、その実現に向けて異次元ともいわれる大規模な質的・量的緩和を続けてきました。しかし、もうすぐ3年が経過しようという今日にいたっても目標達成のめどは立っていません。

それどころか、最近では質的・量的緩和の手法に限界がささやかれるようになっていました。日銀は長期国債を年間約80兆円のペースで金融機関などから買い上げて市場に資金を供給していますが、すでに国債の保有額は330兆円と発行残高全体の3割超に達しています。金融機関は担保などの用途から一定量の国債を手元に置いておく必要があり、その分を考慮すると日銀が現在のペースで国債を買い続けた場合、17年6月にも購入の限界が来るとみられています。

一方、日銀の黒田東彦総裁はこれまで「必要になれば躊躇(ちゅうちょ)なく追加の金融緩和を行う」という趣旨の発言を繰り返してきました。原油安や中国不安などを背景に市場では年初から円高・株安の傾向が続いており、企業や家計の心理は急速に悪化しつつあるといわれています。春には企業労使の賃金交渉が控えており、ここで日本経済の先行き不安を払拭しておかないと、賃上げによる給与増と需要増が物価を押し上げるという循環にもほころびが生じかねません

デフレ圧力の再燃を防ぐために、日銀は何らかの形で追加の緩和策を打ち出す必要に迫られていたわけです。アベノミクスのもとで、政府と足並みをそろえて脱デフレを成就するという決意を市場に改めてアピールするうえでも、このタイミングで追加の金融緩和を行うこと自体に意味があったというのが日銀の本音ではないでしょうか。

マイナス金利には国債購入などの量的緩和と違って理論上、限界がありません。実際に黒田総裁は「必要な場合、さらに金利を引き下げる」とマイナス幅の拡大も辞さない姿勢を示しています。マイナス金利という新たな手法を追加したことで、日銀の金融緩和はとりあえず選択肢と余地が広がったことになります

日銀の本来的な狙いは円高阻止との指摘も

もうひとつの注目点は、マイナス金利が日本経済にもたらす効果についてです。一般論として、銀行はマイナス金利で日銀の当座預金に預けて事実上の手数料を取られるぐらいなら、企業や個人への貸し出しなどにお金を回すようになると考えられます。

2月9日に長期金利(新発10年物国債利回り)が一時、過去最低のマイナス0.035%を付けたことからも分かるように、マイナス金利の導入は短期から長期まで市中金利の全般的な低下をもたらします。結果として、すでに低下傾向にあった銀行の貸出金利や社債の利回りはさらに下がることになるため、企業の投資や資金調達、個人の住宅購入などが増加して景気を刺激する効果が期待できます

また、安全資産の代表である国債の利回りが低下すると、投資家のお金がリスク資産である株式や外国証券などに向かいやすくなります。リスク資産への資金移動が株高や円安を促すことに加えて、株価などが上昇すれば資産効果によって個人消費が活発化するため、これも景気刺激につながると期待できます。

ただし、現実がそうそう理屈通りに運ぶとは限りません。マイナス金利の影響で市中金利が押し下げられると、銀行の企業向け融資や住宅ローンにおける「利ざや」は縮小することになります。銀行によっては収益悪化の懸念から、相対的にリスクの高い中小企業向け融資を抑制したり、一般預金者へのコスト転嫁に動くところが出てくる可能性もあります

参考になりそうなのが、日本に先んじてマイナス金利を導入している欧州の事例です。欧州では、マイナス金利が物価下落に対しては一定の歯止めになったという見方が多いものの、銀行による貸し出しはそれほど増えていないのが実情です。最も効果が表れたといえそうなのが為替相場で、例えばユーロはECB(欧州中央銀行)がマイナス金利を導入してから1年で主要通貨に対して約5%の下落を記録しました。

日銀はこうした欧州の事例も踏まえて今回のマイナス金利導入を決断したと考えられるため、日銀の本来的な狙いもほぼ円高阻止(円安)が中心ではないかという声が一部の専門家から上がっています。欧州と同様に日本でもマイナス金利による景気刺激の効果がさほど期待できないとするならば、私たちにとってむしろ気になるのはマイナス金利の副作用や必要性ではないでしょうか。そのあたりは引き続き次回で詳しく検討してみます。

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