1. いま聞きたいQ&A
Q

いま話題の「格差拡大」について、どのような点に注目すればいいですか?(前編)

米国では富裕層への所得偏在が進んでいる

フランスの経済学者トマ・ピケティ氏によるベストセラー「21世紀の資本」をきっかけに、いま世界中で所得や富の「格差拡大」が人々の大きな関心事となっています。

その中でピケティ氏は、資本主義の下では格差は拡大し続けるばかりと結論づけました。こうした主張および同著に示された格差是正の処方箋については賛否両論があるものの、主に2つの点でピケティ氏の功績は大きいと考えられます。ひとつは、膨大なデータを基に先進国における歴史的な格差拡大の実態を端的に示したこと。もうひとつは、格差拡大がもたらす弊害を私たち一般個人にも改めて強く意識させたことです

「21世紀の資本」によると、特に1980年代以降、米国や英国などの英語圏を中心に格差拡大が目立つようになっています。例えば米国では、国民総所得(労働所得と資本所得の合計)の中で上位1%の富裕層の所得が占める割合が、70年代の10%未満から2010年代初頭には20%近くまで上昇しました。上位0.1%の超富裕層の所得が占める割合も約8%に達しています。

米国における所得偏在は、他のデータでも確認することができます。米カリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズ教授らの調査データから計算すると、上位10%に属する人の所得が全体に占める割合は、70年代半ばの約33%から2011年には約48%まで上昇していました。しかもこの約15ポイントの上昇のうち、約11%ポイント分は最上位の0.1%に属する人によるもので、ごく限られた超富裕層が所得を伸ばしたことが分かります。

ピケティ氏は格差拡大のメカニズムについて、【r>g】という不等式を用いて説明しています。「r」は資本収益率を、「g」は経済成長率をそれぞれ指します。すなわちこの不等式は、先進国において株式や債券、不動産などの資本から得られる配当、利子、賃料などの年間収益率(資本収益率)が、所得や産出の年間増加率(経済成長率)を常に上回ることを意味します。具体的には18世紀の産業革命から2010年までの間に、世界の経済成長率は平均1.6%だったのに対し、資本収益率はおおむね4~5%で推移してきたことが示されています。

このように資本から得られる収益の増加率が、労働によって得られる賃金の上昇率よりも常に大きい場合、富裕層は資本の一部を運用するだけで賃金の増加と同等か、それ以上のペースで富を増やしていくことが可能になります。こうして格差が拡大することはもちろん、増えた資本が富裕層で相続されることにより、格差が世代や時代を超えて固定化する可能性も高まります。

格差拡大が民主主義や経済成長を脅かす?

「21世紀の資本」には、20世紀初頭までの欧米や日本において、所得や富の格差が極めて大きかったことが示されています。二度の世界大戦によって富が破壊されたり、富裕層への課税が強化されることで、そうした格差は一時的に縮小しました。しかし、米国のレーガン政権や英国のサッチャー政権による金融自由化や累進課税緩和などを通じて、80年代以降に再び先進国内の格差が拡大に向かっています。

近年ではIT(情報技術)や金融工学の発展も、【r>g】という不等式の成立に少なからず影響している模様です。「21世紀の資本」ではそれほど詳しく取り上げていませんが、例えばIT化によって機械(資本)が人間の労働に置き換われば、その分、企業の利益は資本側により多く分配されることになります。また、デリバティブ(金融派生商品)など金融取引の高度化は、実体経済とかけ離れたレベルの収益を大口投資家(富裕層)にもたらしている可能性があります。

こうした格差拡大の弊害としてまず挙げられるのが、能力主義や機会平等といった民主主義の価値観が脅かされることでしょう。伝統的に自由・平等に敏感な米国において「21世紀の資本」の人気が特に高いのも、そのような懸念の表れと考えられます。

米国では昨年10月に、FRB(米連邦準備理事会)のイエレン議長が「所得格差は過去100年で最も拡大している」と語り、格差拡大に警鐘を鳴らしました。今年1月には、オバマ大統領が一般教書演説で年収50万ドル以上の「上位1%の富裕層」に対する課税強化を打ち出しましたが、これについてニューヨーク・タイムズなどの有力紙はピケティ氏の影響を指摘しています。

専門家の間には、格差拡大が先進国経済の長期停滞につながることを懸念する声もあります。一般に富裕層の消費性向は低所得者に比べて低いと考えられるため、少数の富裕層に所得や富が集中する傾向が高まると、経済全体の消費需要は停滞します。将来的に需要の伸びが期待できない中では企業の設備投資なども停滞するため、経済の成長力が失われていくというわけです。

一方で、私たち日本人が意識する格差拡大の弊害は、米国などとは異なる側面が強いようです。日本ではピケティ氏が警告する「富裕層のさらなる富裕化」は、さほど目立つ形では起きていません。日本の格差拡大は、富裕化よりむしろ貧困化の進行によるところが大きく、高齢者の貧困や若者の雇用の不安定化、母子家庭の増加といった問題が浮かび上がってきます

次回は日本における格差拡大の現状を踏まえながら、成長と格差の関係など、格差問題についてさらに掘り下げて考えてみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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