1. 先駆者たちの大地

先駆者たちの大地

株式会社オービックビジネスコンサルタント

1980~1989年 汎用ソフトの開発を目指して

経理・会計業務にコンピュータを導入するには、そのためのアプリケーション・ソフトを組み込む必要がある。しかし経理・会計業務には企業ごとのやり方があり、それに対応して個別にアプリケーション・ソフトを作成する受注生産であったため、コンピュータ本体の普及にソフトウエアの生産が追いつかないという現象が起こっていた。しかも受注生産ソフトはコストも高く、国内企業の圧倒的多数を占める中堅・中小企業が経理業務をコンピュータ化するためには、価格が大きな障害になっていた。和田はここに着目した。今後パソコンによる企業経理の合理化が進展するためには、受注ソフトではなく、経済性に優れ、量産可能な汎用ソフトの開発が不可欠と考えたのだ。こうして和田は、1980年12月12日、ビック・システム・コンサルタント・グループを東京都千代田区に設立し、日本初のプログラム・ジェネレーター「日本語汎用プログラムプランナー8」の開発にとりかかった。コンピュータ・コンサルティングの仕事で関わったオービックもこの着想に賛同し、その資本参加を得て、翌1981年には商号をオービック・ビジネス・コンサルタント(1995年にオービックビジネスコンサルタントに商号変更)と変更し、本社を東京・新宿の高層ビル、新宿三井ビルの18階に移転。和田は、経理・会計業務のプロフェッショナルとしてのノウハウを活かし、財務会計、給与計算、販売管理などの業務用パッケージソフトの開発を本格的に開始したのである。

消費税対応に乗り遅れる

会社設立当初はソフトの開発に没頭したが、その間にも運転資金は底をつきそうになり、資金繰りに苦労する日々だった。しかし最初に開発した表計算汎用プログラム「プランナー8」の独占販売権を沖電気工業に1億円で売却することができ、その1億円を運転資金にして次のソフトの開発に挑んだ。そしてその運転資金も残りわずかとなった1983年、「奉行シリーズ」の基となったパッケージソフト「TOPシリーズ〈財務会計〉」を開発。このソフトがヒットして、オービックビジネスコンサルタント、通称OBCの名はしだいに知られるようになっていった。

7周年記念旅行

社員教育を企業活動の柱に据えているという和田社長。7周年記念旅行の写真には、当時の社員がほぼ全員納まっている

事業はようやく軌道に乗り始めたかに見えたが、やがて次の壁が立ちはだかる。1989年4月に消費税が導入された際、OBCはその対応版ソフトの開発で他社に出遅れてしまったのだ。開発途中に人為的ミスが連続したことと、開発担当者と営業部門の意識の乖離が原因だった。運転資金の問題も解消し、順調に思えたOBCであったが、人材の開発という面ではまだまだ未成熟だったのだ。この時から和田は、教育による組織の変革に乗り出す。一人ひとりのスキルアップを最大限に支援する制度を立ち上げ、開発の技術者にも当事者意識を植えつけるために営業やマーケティングを経験させる研修を実施した。そして、社員が自らの意思で選択でき、公平なチャンスと発言の機会を与えられる「オープン&フェアの精神」を徹底する体制を作り上げていった。この変革は功を奏した。社員たちは常に成長を目指し、OBCは絶えずスキルアップを続ける人の集団へと確実に変わっていった。そして同じ頃、パソコンの世界にも巨大な変革の波が押し寄せようとしていた。冒頭に記したウィンドウズ95の発売である。

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IRマガジン2004年春号 Vol.65 野村インベスター・リレーションズ

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