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| メバロチンの分子構造 |
新薬開発に拍車がかかる契機となったのが、1975年の資本の完全自由化である。外資系製薬企業が一斉に日本へ進出し、1985年には日米MOSS協議によって新薬承認・薬価収載の迅速化が合意され、日本の製薬企業も外資系企業と研究開発力を競うこととなった。その後、薬害の社会問題化や医療費抑制策による薬価の引き下げなど、製薬業界の状況は厳しいものとなり、業績の拡大を図るため、日本の製薬企業はこぞって世界に通用する新薬の開発に取り組んだ。
そうしたなか、三共は、1989年10月、満を持して、研究着手から18年の歳月をかけた高脂血症治療剤「メバロチン」を発売した。三共は、70年代の初めに、青カビの一種がコレステロール合成を阻害する物質を産生することを、世界で初めて発見した。その後、数々の試行錯誤を経て実用化したのが、メバロチンである。
高脂血症患者が増大し、世界中の医療関係者がその治療に取り組み始めた時期で、コレステロールの低下に確実な薬効と高い安全性をあわせ持つメバロチンは、発売と同時に国内外から高い評価が寄せられ、市場を席巻、発売初年度から驚異的な売り上げを示した。99年3月期には国内売り上げ、輸出合わせて1,859億円を記録、日本最大の医薬品に成長した。メバロチンで新時代を画した三共は、「コレステロールの低下により、冠動脈疾患の進行は抑制できる」ことを国内外の大規模臨床試験で証明し、“Sankyo”の名前を世界に知らしめた。バブル崩壊後も三共が順調に業績を拡大することができたのは、メバロチンの成果によるところが大きい。
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| 三共の新しいスローガン “CARE & CURE” |
ポスト・メバロチン時代の「経営ビジョン」
2002年10月にメバロチンの日本国内での特許が期限切れとなり、2005年10月にはアメリカでの特許も切れる。三共の2010年をにらんだ経営ビジョンによると、世界市場に通用する大型新薬の開発とともに他社新薬の導入も積極的に進め、グローバル新薬を生み出し続けるグループ体制を確立するために、重点研究領域に経営資源を集中し、ゲノム関連研究などの最先端研究に積極的な投資を行っていくという。
日本初の新薬メーカーとして、創業以来、日本の医薬品業界を牽引し続けてきた三共が、ポスト・メバロチン時代を迎えてどのような成果を示していくか、今後の動きに期待したい。
IRマガジン2002年1-2月号 Vol.53 野村インベスター・リレーションズ