先駆者たちの大地

三共株式会社 創業者 塩原又策

1914〜1950年 経営危機の救世主「クロロマイセチン」

発売当時のルルの写真
1951年、発売当時の「ルル」

三共株式会社が発足した翌年、1914年(大正3年)に第1次世界大戦が勃発。ヨーロッパからの輸入が途絶状態となり医薬品が欠乏し、政府は、輸入途絶医薬品の国産化を奨励した。三共は、同年8月にタカヂアスターゼを国産化、続いて同年末にサリチル酸、翌1915年には梅毒治療剤サルバルサンを国産化するなど、重要医薬品を相次いで製造し、これを契機に勃興の一途をたどった。

広告の写真
クロロマイセチン国産化の広告

その後、経営の多角化や海外進出によって順調に発展を続けていたが、創業50年目に当たる1949年、第2次世界大戦後の緊縮財政のなかで、創業以来初めてといえる経営危機に直面した。苦境に立った三共は、経営陣の刷新、本社ビルの売却、さらに人員整理の実施などによって再建を図った。
この再建に特に貢献したのが、抗生物質「クロロマイセチン」である。クロロマイセチンはパーク・デービス社の製品で、驚異的な薬効を示して"世紀の妙薬"と賞賛された。しかし、当時は輸入制限があったため、三共は全面国産化を決意し、1951年に実現させた。クロロマイセチンは経営危機の救世主となり、その後20年間、この分野の中心的存在となった。
このほか、1949年には、無痛性ビタミンB1注射液「オリザニンレッド」を発売。1950年代にかけて、かぜ薬「ルル」、総合ビタミン剤「ミネビタール」、「三共胃腸薬」などを次々と発売した。これらはいずれもヒット製品となり、現在も後継品が好調な売れ行きを示すロングセラー品に育っている。

IRマガジン2002年1-2月号 Vol.53 野村インベスター・リレーションズ