冬の訪れを知らせる会社
三共は、かぜ薬「ルル」のTVコマーシャルで、冬の到来を知らせてくれる。ルルや「新三共胃腸薬」、あるいは“24時間、戦えますか”のキャッチフレーズでヒットした「リゲイン」を生み出した製薬会社、それが三共株式会社である。こうした一般用医薬品(大衆薬)の名前は私たちになじみが深いが、病院向けの医療用医薬品は普段はなじみが薄い。「メバロチン」という名前も、使っていない人には知られていないであろう。しかし、この「メバロチン」こそ、“Sankyo”の名を世界に轟かせた日本最大の医薬品なのである。
![]() |
| 高脂血症治療に画期的な成果をもたらし、Sankyoの名を世界的にした「メバロチン」。 写真はその発見のきっかけとなった物質を産生する青カビの顕微鏡写真 |
三共の歴史は、創業者の塩原又策が、アメリカ在住の高峰譲吉博士の発見した胃腸消化薬、タカヂアスターゼの輸入販売を手がけたことに始まる。
横浜で外国商館への絹織物売込商をしていた塩原は、1897年(明治30年)、友人の西村庄太郎が渡米する折に、日本で事業化できそうな事業の探索を依頼した。渡米した西村は、シカゴ領事の主催するパーティでタカヂアスターゼを紹介され、その効能に驚き、早速ニューヨークの高峰博士を訪ねて、タカヂアスターゼの日本での販売権を塩原に与えてくれるよう懇請した。西村の熱意に打たれた博士は、一面識もない塩原に販売権を与えることを承諾し、西村に見本を託した。西村の帰国後、塩原は、アメリカの高峰博士と電信による交渉を重ね、1898年(明治31年)、タカヂアスターゼの委託販売契約が締結された。これを契機に、翌1899年(明治32年)、塩原は、西村ともう一人の友人福井源次郎を加え、3人で匿名合資会社「三共商店」を創立し、横浜市弁天通に店を構えた。ちなみに「三共」の名は、3人の共同出資に由来している。
IRマガジン2002年1-2月号 Vol.53 野村インベスター・リレーションズ